御嶽神社・若宮
御嶽神社は、御嶽山頂上にある奥社、山麓にある里宮(黒沢本社)、里宮から山を登ったところに建立されている若宮を合わせて一つの社として統一していますが、明治維新までは、それぞれ一社として独立していたようです。
明治維新までは、里宮を本社大菩薩、若宮を安気大菩薩と称していたようですが、現在に至り、若宮は大己貴命(大国主命(おおくにぬしのみこと))と少彦名命(すくなひこなのみこと)を祭神としています。
若宮は木曽氏の守護神として最も崇敬された社とされています。
今回は若宮について解説します。
歴史
若宮について、その創立年代ははっきりしませんが、棟札には至徳2年(1385年)に木曽伊予氏家信によって再興されたとされています。
家信は、木曽福島にある水無神社も再興した人と伝わっており、木曽氏が御嶽を信仰していた証しにもなっています。
なお、家信という人物のことは判然としていませんが、一説によれば、木曽氏当主である家親(歴応3年(1371年)に生まれ、応永14年(1407年)に亡くなったとされる)の別名ではないかとされています。
かつて、毎年の例祭に木曽氏はその境内で流鏑馬神事をおこなっており、山村氏もこれを引き継ぐなど、木曽氏・山村氏代々の崇敬が大きかったことがうかがえます。
中世においては御嶽座王権現38社(蔵王権現は修験道の本尊)の首座を占め、さらに木曽氏の惣社(複数のご祭神を合祀した神社)としての地位を占めるなど、木曽氏から特別の地位を与えられていたことが分かります。
明治10年(1877年)に改築されています。
境内の様子
神社入口から更に右手奥の道を進むと小さな駐車場(車2台程度が停められるほど)があります。大きな車や複数台で訪れる場合、少し歩きますが、県道から若宮に上がる分岐点で車を停め、5分ほど歩いて登ってくることもできます。
県道に面した里宮と異なり、普段の若宮には常駐する職員等がおらず、非常に静かな神社です。
境内には、大人一人では決して抱えられないほどの胴回りを有する巨大な老木があり、木洩れ日が静謐で厳かな雰囲気が心を癒します。
この古木は「若宮のサワラ」と呼ばれ、旧三岳村では天然記念物に指定されていました。樹齢は1,000年とされており、幹回りは720cmもあります。現在も木曽町の天然記念物です。
また、祭りの日に相撲を奉納するための土俵も設置されており、古い神社の風格です。
若宮の奥には、縄文時代の遺構である若宮遺跡があります。神社の敷地横からも訪問できますが、若宮を通過して訪れることをおススメします。